怖い話・怪談

閉館後の内線

公開: 2026年10月10日
読み終えたあと、 背後 が少し気になる。
閉館後の図書館で鳴る、存在しない内線番号からの電話。受話器の向こうでは、自分より少し先の出来事が読み上げられていた。長編怪談。

閉館後の内線

市立図書館で働き始めて半年ほどした頃だった。

その日は棚卸しで、閉館後も二人だけ残って作業をしていた。

午後10時を回ると、館内は妙に静かになる。

空調の音。

パソコンのファン。

ときどき本が棚で軋む音。

私は二階の事務室で返却データを確認していた。

同僚は一階の書庫にいた。

午後10時17分。

机の内線電話が鳴った。

表示は「909」。

そんな内線番号はない。

館内の内線は100番台と200番台だけだった。

間違いだと思って出なかった。

電話は切れた。

一分後。

また鳴った。

909。

今度は受話器を取った。

「はい、事務室です」

無音。

遠くでページをめくる音がした。

ぱら。

ぱら。

そして女の声。

「二階、事務室。職員一名」

私は受話器を置いた。

すぐに同僚へ電話した。

「今、内線かけた?」

「いや」

「909って番号、知ってる?」

同僚は少し黙った。

「ないだろ、そんな番号」

私は気味が悪くなった。

午後10時24分。

また鳴った。

909。

出なかった。

三回。

四回。

五回。

耐えきれず受話器を取る。

女の声がした。

「一階、書庫。職員一名。脚立使用中」

私は立ち上がった。

同僚に電話する。

「今、脚立使ってる?」

「使ってるけど」

その瞬間、電話の向こうで大きな音がした。

ガタン。

「大丈夫?」

「本が落ちただけ」

私は二階から一階へ降りた。

同僚に全部話した。

彼は笑わなかった。

「実はさ」

この建物は二十年前に改修されている。

以前は地下に閉架書庫があったらしい。

改修後、その地下部分は封鎖された。

「昔の内線表、見たことある?」

「ない」

同僚が資料室から古いファイルを持ってきた。

黄ばんだ館内配置図。

そこに内線一覧が挟まっていた。

一階。

二階。

地下。

地下閉架書庫。

内線。

「909」

私は帰りたくなった。

作業を切り上げ、二人で施錠確認をした。

午後10時41分。

玄関ホール。

内線電話が鳴った。

受付カウンターの電話。

909。

同僚が出ようとした。

私は止めた。

でも彼は受話器を取った。

何も言わず聞いている。

顔色が変わった。

「何?」

彼は受話器を置いた。

「地下、閉架書庫。職員二名」

私たちは玄関ホールにいる。

地下ではない。

その瞬間、エレベーターが動いた。

誰も呼んでいない。

表示が「2」から「1」へ下がる。

そして。

「B1」

この建物のエレベーターに地下ボタンはない。

表示だけがB1になった。

扉が開いた。

中は真っ暗だった。

床が見えない。

同僚が後ずさる。

館内放送が入った。

閉館後なので放送設備は切っているはずだった。

女の声。

「所在確認を終了します」

エレベーターの扉が閉まった。

表示はB1のまま。

私たちは非常口から外へ出た。

翌朝、館長に報告した。

館長は古い内線表を見た。

「地下は改修時に埋めたよ」

「じゃあ、909は?」

館長は答えなかった。

代わりに、一枚の古い点検記録を見せた。

改修前の最後の日付。

地下閉架書庫。

設備点検。

担当者二名。

備考欄。

「退館確認できず」

それ以来、閉館後の内線909には誰も出ない。

ただ、毎年同じ日だけ鳴る。

今年はまだ、その日が来ていない。

その後、内線909は三か月ほど鳴らなかった。

私も同僚も、できるだけ閉館後に残らないようにした。

冬のある日。

大雪で利用者が早く帰り、午後6時に臨時閉館した。

職員全員で退館確認をした。

人数は十一人。

玄関前で点呼。

十一人。

最後の職員が鍵を閉めた。

その瞬間、館内から電話のベルが聞こえた。

誰も戻らなかった。

外からでも聞こえるほど長く鳴っていた。

翌朝。

事務室の電話に着信履歴が残っていた。

内線909。

時刻は午後6時04分。

留守番電話も一件。

館長が再生した。

女の声だった。

「退館確認。十一名」

そこで録音が終わると思った。

数秒の無音。

続けて、同じ声。

「館内残留。一名」

全員いた。

誰も残っていない。

館長は録音を消した。

その日の午後、地下へ続いていた古い階段の壁から音がした。

内側から、電話のベルが鳴っていた。

今も地下は埋められたままだ。

ただ、館内図から「地下」の文字だけは消していない。

そして今年も、その日だけは全員、閉館前に内線の電源を抜くことになっています。

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