怖い話・怪談

最終バスの忘れ物

公開: 2026年10月10日
読み終えたあと、 背後 が少し気になる。
最終バスの車内に毎晩残される同じ黒い傘。忘れ物として処理しても、翌日にはまた最後列に戻っている。長編怪談。

最終バスの忘れ物

その路線の最終便は、終点に着く頃にはほとんど誰も乗っていなかった。

私はバス会社で運転手をしている。

入社して七年。深夜便も慣れたものだった。

問題が起きたのは、秋のダイヤ改正からだった。

午前0時18分。

終点の営業所に戻り、車内点検をする。

座席の下。

荷物棚。

最後列。

そこに黒い傘が一本置かれていた。

何の変哲もないビニール傘だった。

持ち手だけが黒く、名前も書いていない。

忘れ物箱へ入れた。

翌日の最終便。

また最後列に黒い傘があった。

昨日のものと同じに見えた。

営業所へ戻って確認すると、忘れ物箱にも黒い傘が残っていた。

つまり二本。

三日目。

また一本。

四日目も。

五日目も。

一週間で、忘れ物箱には七本の黒い傘が並んだ。

さすがに変だと思い、運行管理者に相談した。

「誰かのいたずらじゃないか」

そう言われた。

そこで、終点到着後の車内カメラを確認することになった。

最後の客が降りる。

私は運転席で点検票を書いている。

車内には誰もいない。

映像を早送りした。

午前0時21分。

最後列の座席に、黒い傘が立てかけられていた。

管理者が映像を戻した。

0時20分。

ない。

0時20分30秒。

ない。

0時20分47秒。

一瞬だけ画面が乱れた。

次のフレーム。

傘があった。

誰も映っていない。

「カメラの不具合だな」

管理者はそう言った。

翌日、別の車両で最終便を走ることになった。

これなら何も起きないと思った。

終点に着く。

乗客はゼロ。

車内点検。

最後列。

黒い傘。

私は触れなかった。

運行管理者を呼んだ。

二人で見た。

傘は確かにあった。

その日は警備員も呼ばれた。

「一応、開いてみますか」

警備員が傘を手に取った。

濡れていた。

外は一日中晴れていた。

傘を開く。

内側に、水滴がびっしり付いていた。

その中央に、赤い油性ペンで小さく数字が書かれていた。

「18」

私はその数字に見覚えがあった。

この路線の旧ダイヤ。

十八年前まで、最終便は今より一本遅く走っていた。

運行管理者の顔が固まった。

「昔、この路線で事故があった」

初めて聞く話だった。

終点の二つ手前。

大雨の夜、道路脇で乗客を降ろした直後、車両が追突事故に巻き込まれたという。

死者はいなかった。

そう記録されている。

「じゃあ、関係ないですよね」

私が言うと、管理者は返事をしなかった。

翌日から、私は最終便を外してもらった。

三週間後。

同僚が休み、どうしても代わりが必要になった。

久しぶりの最終便。

終点に近づく。

最後の乗客が降りた。

車内ミラーを見た。

最後列に誰か座っていた。

黒い傘を抱えた女だった。

顔は見えない。

「終点ですよ」

返事はない。

もう一度ミラーを見る。

誰もいない。

座席には黒い傘だけが残っていた。

営業所へ戻った。

その日は忘れ物箱に入れず、運行管理者の机へ置いた。

翌朝。

机の上に傘はなかった。

代わりに、一枚の古い事故報告書が置かれていた。

十八年前のもの。

私は読んだ。

「死者0名」

その下に、手書きの追記があった。

「乗客数 申告18名/確認17名」

その夜から、最終便の乗車人数を必ず数える決まりになった。

今も私は数えている。

たまに、降りた人数が一人少ない。

数日後、運行管理者から呼ばれた。

忘れ物箱に保管していた黒い傘を、まとめて処分することになったらしい。

七本あるはずだった。

でも、倉庫に並んでいたのは十八本だった。

どれも同じ黒い持ち手。

どれも内側が濡れていた。

一本ずつ開いて確認すると、数字が書かれていた。

1。

2。

3。

順番に続いていた。

最後の一本だけ数字が違った。

「19」

私は運行管理者を見た。

「十八人じゃなかったんですか」

彼は事故報告書をもう一度調べた。

古い乗車券の集計表が挟まっていた。

発券数。

十九。

事故報告書の乗客申告。

十八。

確認できた人数。

十七。

数字が全部違っていた。

その日の最終便。

私は乗客を十九人確認した。

一人ずつ降りた。

終点で数えた。

十八人。

車内には誰もいない。

最後列に黒い傘だけが置かれていた。

今は、乗車人数だけでなく、傘の本数も数えている。

昨夜は十九本だった。

それでも、最終便の忘れ物記録には今も『傘』とだけ書かれ続けています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

HorrorPortでもっと探す

怪異・都市伝説、心霊スポット、ホラー作品を図鑑形式で1項目ずつ詳しく調べられます。