十三階の非常階段
その会社のビルは十二階建てだった。
入社した日に総務から渡された館内案内にも、エレベーターのボタンにも、屋上へ続く階段の表示にも「12」までしかなかった。
だから、最初に「13」と書かれた踊り場を見たとき、私は数字の見間違いだと思った。
その日は月末で、退社したのは午前1時を過ぎていた。
フロアには私しか残っていなかった。エレベーターを呼ぶと、到着表示が「8」のまま動かない。
何度ボタンを押しても同じだった。
仕方なく非常階段へ向かった。
十二階から一階まで降りるだけだ。少し面倒だが、それだけだと思っていた。
重い防火扉を開ける。
階段には非常灯だけが点いていた。
12。
11。
10。
順調に降りていた。
七階あたりで、上の方から扉が閉まる音がした。
バタン。
誰かいるのかと思って振り返った。
誰もいない。
私はまた降りた。
六階。
五階。
四階。
そこで、スマホが圏外になった。
少し気味が悪くなり、足を速めた。
三階。
二階。
一階。
やっと着いたと思って防火扉を押した。
開かない。
鍵がかかっているような手応えだった。
仕方なく地下へ行こうとした。
しかし階段は、下ではなく上へ続いていた。
一瞬、頭が混乱した。
自分が向きを間違えたのだと思い、来た道を戻った。
二階。
三階。
四階。
……十二階。
そこまでは普通だった。
だが、その上にもう一つ踊り場があった。
壁の表示は「13」。
私は立ち止まった。
このビルに十三階はない。
それでも、十三階の扉には私の会社名が書かれていた。
「株式会社――」
文字は確かにうちの会社だった。
扉の向こうから、キーボードを打つ音がした。
カタカタカタカタ。
私は声をかけなかった。
そのまま階段を下りようとした。
すると、十三階の扉の向こうで電話が鳴った。
一回。
二回。
三回。
四回目で誰かが取った。
「はい。――まだ残っています」
私は足を止めた。
その声は、私だった。
次の瞬間、ポケットのスマホが震えた。
圏外のはずなのに着信していた。
表示は「社内 内線」。
私は出なかった。
着信は切れた。
すぐに留守電通知が来た。
再生しなかった。
私は一気に階段を駆け下りた。
12。
11。
10。
今度は数字が正常に減っていった。
一階の扉も開いた。
警備員室には人がいた。
私は十三階のことを話した。
警備員は黙って私を見た。
「十三階なんてありませんよ」
「でも、会社名が――」
「今日はもう帰った方がいいです」
それ以上は何も言わなかった。
翌朝。
会社に行くと、私の机の電話のランプが点滅していた。
留守電が一件入っている。
昨夜の午前1時27分。
再生した。
しばらく無音。
そして、自分の声が聞こえた。
「まだ、十二階にいる?」
その日の夕方、私は総務に建物の設計図を見せてもらった。
本当に十二階建てだった。
ただし、古い図面の端に小さな手書きがあった。
赤いペンで。
「旧13F 閉鎖」
